他者基準で思考する

人間、選択の連続です。

 

普段の日常生活においても
人生という大枠で見てみても。

 

日常の行動一つとってもそれは選択の結果であり、
無意識下で行われる選択もあります。

 

何かをするということは、
逆にそれ以外の選択肢を放棄するということであり、
違う選択をしていたとしたら
違った結果が得られていたかもしれません。

 

常に選択するということを自分以外の何者かによって迫られ、
その都度考え、悩み、選択しています。

 

そこには時に心の葛藤というものがつきまといます。

葛藤を経験するたびに人は、考えます。

 

 

この、「考える」ということをテーマに今回お話ししていきたいと思います。

 

 

考える、思考する機会というのはそれこそ常にあり続けます。

 

冒頭に選択の連続であるということを述べましたが、
自分自身に選択するということを迫る、また迫られる際には必ず思考します。

 

 

さらに思考する機会があるとすればアウトプット。

学校で受けたテスト、提出する企画書、ブログの記事、卒業論文、
セミナーで話す話、友達との普段の会話・・・

僕たちにはアウトプットの機会もたくさんあります。

 

もちろんインプットの際にも思考しますよね。

 

 

さて、それで僕が言いたいことは何かといえば、
この普段の選択やアウトプットやインプットの際の思考というものを
いかに質の高いものにできるか、ということです。

 

これはね、質が高くなければだめなんです。

こういった思考のレベルが低い人というのはつまらない。

人間的な深みもなく、「自分の言葉」も持っておらず、
価値が低い人、何も考えていない人と思われかねない。

ビジネスでいったら人が集まらないということになってしまいます。

 

だから、とりあえずここではいかに思考のレベルを上げていくか
というお話にしていきたいと思うんですが、どうでしょうか。

 

というのもやはり、この人どうなんだろうな~っていう人をたまに見かけるのと
それから自戒の意味を込めてここで考えていきたいと思いました。

 

 

僕が思うに高いレベルの思考というものは
他者の基準に則った際絞り出されるものではないかと、思うんですね。

深く考えられない人はいつまで経っても自分の思考の範囲内で思考している。

自分が楽な範囲、自分の評価規準で思考しているのかと。

 

自分の思考レベルが10の中で5ぐらいだとして、その人が常に
自分の思考の範囲内で思考していては
いつまで立っても6や7のレベルで考えることができません。

したがって思考のレベルが低い、アウトプット力がない、
話がつまらない、陳腐・稚拙であるとなってしまうわけです。

 

世間や社会の評価基準は10です。

それが他者の基準です。その基準に則って思考しなければならないんですよね。

 

若いうちはなかなか厳しいかもしれません。

20代前半なんて一般にはまだまだ子ども扱いです。

しかし現状に甘んずることなく、それに抗っていくことが必要ではないかと。

まだまだ若いし、いいやあ。
ではなく、少しでも他者の基準で評価されるよう抗っていくべきだと思います。

 

それは楽なことではない。

かなり疲れることでもある。

けど、それでいいんだと思う。

自分自身の思考力に自分でどんどん負荷をかけていく。
そうして少しでも自分の範囲内から抜け出していかなければ思考力なんて伸びないですよね。

 

小学生や中学生は毎日たくさんの課題を与えられ、もしくは自ら見つけ
それに対して必死に取り組むことによって思考力を付けていきます。

楽ではない。ストレスに感じることのほうが多いですが
それでも子どもたちはしっかりと力を伸ばしていく。

 

そう考えると、よく見る500字程度で誰でも書けるような当たり障りのない
どっかの本に載っていたような内容の文章を書いてる人や

それから自己中心的で他者基準でものを考えることができないような人を見ていると
なんだろな~って思うわけです。

それでいいのかな~って。
それではいつまでたっても他者から対等に扱ってもらえないよって。

 

もちろん自分がちゃんと物事考えてるとかが言いたいわけでもないし
お前はどうなのかって言われればどうなんだろうってなりますが。笑

 

僕のいう自分の範囲内で思考してる人っていうのはそういう人たちです。
当たり障りのないことしか書けないとか。

その人はそれでよしとしてしまっているんですよね。
自分を客観的に判断することができない。

それで当然ながら他者基準というものに気づくこともできなければ
自分の楽な範囲を抜け出すこともできない。

無理にでも深く考えるべきだ。

発信するネタがないっていってる人もそう。

無理をするべきだ。

やれるかやれないかではなく、やる。

それぐらいの意識で頑張っていきたいものです。

 

結局は他人に評価されなければ僕らも成り立たないわけですよね。
自己評価ではないわけです。

そこを理解して、質の高い思考というものを具現していきましょう。

 

 

この時期なので大学生の知り合いに少しおもしろい話を聞きました。
卒業論文の評価規準です。

秀:学外に出しても恥ずかしくないもの
優:他の学部に出しても恥ずかしくないもの
良:同じ学科内なら見てもらえるもの
可:ゼミの外には出せないもの
不可:提出はしたものの内容がないもの

だそうです。笑

秀を目指しましょう。
常に自己を客観視し、他者の評価規準で自分を判断していきたいものです。


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